明和地震供養塔

 明和3年(1766)1月28日、津軽地方が大地震に襲われた。この供養塔は、地震で亡くなった人を供養するため、鰺ヶ沢の船問屋・菊屋善右衛門が建立したものである。兵庫御影町(現在の兵庫県神戸市)の石工幸三郎が手がけ、菊屋の伝宝丸で鰺ヶ沢湊に運ばれ、明和8年(1771)に建立された。元は本堂前にあったが、本堂建て直しの時に現在地(墓地)に移設された。地震災害の歴史を物語る貴重な資料である。