公墓跡

 この塚は「公墓」と呼ばれ、一説では身分の高い貴族の墓とされている。集落には公墓長兵衛という家があり、代々この場所の管理にあたったという。塚は盗掘によって荒らされ、中央に大きな穴が掘られていた。平成10年、塚を復元整備し、三つに折れていた墓石を再建した。一方、鳴沢川対岸の丘陵上(旧鳴沢小学校西端)に「姫墓」があり、男女の魂がお互いに慕いあって夜毎に行き来したとも伝えられる。姫墓は校舎建築により破壊され、現在は復元されている。